本日より時間が変わります水曜日19時からになります。。。。」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」ダイナマイトあさのが頼まれもしないでお贈りするカリスマ歌謡ショウ!ドドドンビビビンバンバンと最新のナツメロをホットにお届ける、、あ〜タラ、こ〜タラの番組。昭和3年〜昭和40年頃のモノラル音源が中心ツース。。」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」ご対応よろしくお願いします。「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)19:00〜19:57011-622-2223 (放送中FAX)011-622-5201(24時間ふぁx)request@radiokaros.comhttp://www.radiokaros.com/
ダイナマイトあさので、ウクレレ歌謡ショウ』』』』』おっとどっこい さらりと逃げて ぶらりぶらりと独り弾き あいつが噂のカリスマ歌謡 ウクレレ謡で図太く 笑う お金がなければ 借りましょう (笑)5月1日(金) 18:30open 19:00start \2,000(要オーダー) ダイナマイトあさのウクレレ歌謡ショウ http://geocities.yahoo.co.jp/gl/asanokk55 」」」」」」」」」」」」」」」」」」 お食事とお酒&カフェ ガンゲット ダイマ 札幌市中央区南3条東1丁目6・2階 電話011−222−8522
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-2223 (放送中FAX)011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/☆リクエスト祭りです! 〜1部〜 1. ダイナマイトあさのからのプレゼント曲 / 港が見える丘 昭和22年 唄:平野愛子 2. 東のタカさんからのリクエスト /東京節(パイノパイノパイ)(原曲は大正8年)唄:都家かつ江 3. タックルベリーさんからのリクエストの代わりに〜 /兵隊さんよありがとう(皇軍将士に感謝の歌)昭和14年唄:松原操・飯田ふさ江 〜2部〜 4. ほへ子さんからのリクエスト / 丘を越えて 昭和6年 唄:藤山一郎5. 南京虫さんからのリクエスト/月月火水木金金 昭和15年 唄:内田栄一とボーカルフォア合唱団6. くららさんからのリクエストの代わりに〜 /涙がかわくまで 昭和42年 唄:西田佐知子 〜3部〜 吉田正作品番外編CDより〜☆異国の丘 (作曲:吉田正、作詞:増田幸治、補作詞:佐伯孝夫)昭和23年 唄:中村耕造 竹山逸郎流れの船唄 (作曲:吉田正、作詞:吉川静夫) 昭和24年 唄:竹山逸郎花の三度笠 (作曲:吉田正、作詞:佐伯孝夫) 昭和28年 唄:小畑実 ☆異国の丘出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』異国の丘(いこくのおか)はシベリア抑留の兵士の間で歌われていた歌謡曲。およびそれをモチーフとして制作された映画。劇団四季の同名のミュージカルについてはミュージカル異国の丘を参照。映画とは異なるストーリーである。増田幸治作詞(佐伯孝夫補詞)、吉田正作曲。竹山逸郎、中村耕造の歌唱で、1948年(昭和23年)10月、ビクターレコードから発売された。1943年(昭和18年)に陸軍上等兵として満州にいた吉田正が、部隊の士気を上げるため作曲した「大興安嶺突破演習の歌」が原曲である。 戦後、シベリアに抑留されていた兵士の間で歌われ、抑留兵のひとりだった増田幸治が作詞した。非常に強い望郷の思いを歌っている。原題は『昨日も今日も』である。シベリアから帰還した兵士の一人中村耕造がNHKのど自慢に出て歌ったことから有名となった。様々な歌手によって歌い継がれている。異国の丘監督 渡辺邦男製作 渡辺邦男、佐藤一郎脚本 渡辺邦男、北沢誠出演者 花井蘭子、上原謙、浦辺粂子、大日方傳音楽 飯田信夫配給 東宝公開 1949年 表・話・編・歴 1949年にはこの曲をモチーフとして新東宝製作で映画化された。原作は芹沢光治良の『夜毎の夢に』である。なお、吉田正が本人役で出演している。http://ja.wikipedia.org/wiki/異国の丘 より
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-2223 (放送中FAX)011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/リクエスト祭り 〜1部〜 1. ダイナマイトあさのからのプレゼント曲 / あゝやんなっちゃった 唄:牧 伸二 昭和39 年 2. 東のタカさんからのリクエスト / まりもの唄 唄:安藤まり子 3. タックルベリーさんからのリクエスト / 修学旅行 唄:舟木一夫 〜2部〜 4. ほへ子さんの夫さんからのリクエスト / 傷だらけの人生 唄:鶴田浩二 5. ほへ子さんからのリクエスト / チャルメラそば屋 唄:美空ひばり 6. デリドライバーさんからのリクエストの代わりに〜 / 自動車ショー歌 唄:小林 旭 〜3部〜 7.南京虫さんからのリクエストの代わりに〜 / 海の進軍 唄:伊藤久男 藤山一郎 二葉あき子8.クララさんからのリクエスト / 湖愁 唄:松島アキラ9.石狩市のコシカさんからのリクエストの代わりに〜 / さよならは言わず 唄:江戸川蘭子 <由里あけみ:熱海ブルースS14> ~~いつもありがとうございます石狩市のコシカさん すいませんリクエスト曲探しますよ来週は12月です みなさんよろしく〜なにを??ダイナマイトあさの
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/ 〜1部〜 何度か聞いた曲です。でも、、、、新です!〜おまえは、メンフィスではないのかぁ〜? 1. ああ高原を馬車は行く 唄:小畑 実 作詞: 作曲: 昭和26年10月発売 2. 慰問の花束 唄:長門美保 作詞: 作曲: 昭和20年1月発売3. サラリーマン・エレジー 唄:伊藤久男 作詞: 作曲: 昭和26年 〜2部〜 リクエストこそ命です!〜社交辞令ですのコーナー1. 南京虫さんからのリクエスト / 空の神兵 唄:四谷文子と鳴海信輔 2. クララさんからのリクエスト / 北上夜曲 唄:和田弘とマヒナ・スターズ、多摩幸子 3. タイガーマスクさんからのリクエストの代わりに〜 / 有楽町で逢いましょう 唄:フランク永井 〜3部〜 カリスマ的、、、スイングニッポンの特集CD『スイング・ニッポン〜日本のメロディーをジャズで』より信号ラッパ / 小関ローイ・ジャズ・バンド 昭和6年10月3日録音湯島の白梅 / ビクターシックス 昭和28年9月発売信号ラッパ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』〜一部歴史〜日本には江戸時代末期に江戸幕府がフランス人の軍事顧問団を雇ったときに始めて日本に伝わった。現在、信号ラッパに取り付けてある「下げ緒」は深紅もしくは朱色が一般的だが、この色は軍事顧問団が日本人修習生に教授した初期の段階で、習熟の度合いが著しい者が少なからずおり、他の修習生への手本としての意味合いから授けられた、所謂「ステータス・シンボル」を表す特別な色であった。 当時の日本人には西洋の音階が馴染みがなかったので、「タチツテト」を使って音を出しやすい唇の形を示し、「ド・ト・タ・テ・チ」と吹き方を説明した(同時に当時の音名でもあった)。その後、より言いやすい「ト・テ・チ・テ・タ」に変化した。 童謡「おもちゃのチャチャチャ」の歌詞にある「鉛の兵隊トテチテタ」の「トテチテタ」はこの唇の形を表している。 http://ja.wikipedia.org/wiki/信号ラッパ より
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/ 〜1部〜 知らない曲ですだから、、、、最新です!〜あると思います。 1. ダリアの雨 唄:若原春江 作詞:藤浦 洸 作曲:米山正夫 昭和24年 2. 古いタンゴ 唄:フランク永井 作詞:佐伯孝夫 作曲:渡久地政信 昭和34年3. 祗園エレジー(お座敷小唄) 唄:こまどり姉妹 作詞:不詳 作曲:陸奥 明 昭和39年 〜2部〜 リクエストこそ命です!〜社交辞令ですのコーナー1. モロヒロユキさんからのリクエスト / さすらい 唄:小林 旭 2. 東のタカさんからのリクエスト / 南のセレナード 唄:奥田良三 3. いろはにほへ子さんからのリクエスト / 霧子のタンゴ 唄:フランク永井 〜3部〜 カリスマ的、、、漫才の特集歳末歌の蔵ざらえ / 昭和30年 NHK 浪花家市松 芳子 浪花家市松・芳子〜来歴から 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』浪花家市松・芳子(なにわや いちまつ・よしこ)は、昭和期に活躍した夫婦漫才コンビ。戎橋松竹の看板として活躍市松は色黒で長身の細身、一方の芳子はぽっちゃり型。洋服の多くなっていく漫才の中で市松は終生和服で通したが、芳子は時に真っ白なすその長ドレス[1]で舞台で三味線を弾く。それだけでいつも笑いがあったという。市松はもともと喜劇の出身で、途中から安来節出身の妻の芳子とコンビを組んで漫才に転じた。市松は喜劇出身らしく、漫才に「俄」の見立ての要素を取り入れたアイデアを次々に考案する。はじめ、市松は当り鉦、芳子は三味線という舞台であったが、やがて十八番となる「台所メロディ」(または「台所ジャズ」)という珍芸を考案する。鍋、釜、茶碗から皿小鉢などの台所道具一式、のみならず自動車のラッパや自転車のベルまでおよそ音の出るものはすべてワゴンに乗せて高座に登場し、芳子の三味線と合奏を始める。一種の見立てである。その他、戦後ストリップが流行ると、安物のカーテンを身に纏い、銀紙を張った星を胸に当ててスパンコールに。芳子の三味線に合わせて踊り、脱いでいって細身の体をチラリと見せる。これも「俄」風の見立てである。http://ja.wikipedia.org/wiki/浪花家市松・芳子 より引用
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/ 〜1部〜 知らない曲ですが、、聴き逃せない! 1. スヰート・ホーム・ブルース 唄:ヘレン雪子本田 入江プロ「雁来紅」より 昭和10年 2. 弥次喜多ブギ 唄:榎本健一・古川緑波 作詞:古川緑波 作曲:加藤光男 昭和25年6月3. 荒野のセレナーデ 唄:中島孝 作詞:上山雅輔 作曲:阿部武雄 昭和25年7月 〜2部〜 リクエストこそ命です!〜社交辞令ですのコーナー1. 南京虫さんからのリクエストのお返し / 大日本の歌 唄:徳山l・四家文子 2. モロヒロユキさんからのリクエストのお返し / 夜霧に消えたチャコ 唄:フランク永井 3. クララさんからのリクエスト / 山のロザリア 唄:スリーグレイセス 作詞:丘灯至夫 作曲:ロシア民謡 〜3部〜 さよなら「フランク永井」ありがとう特集 1. こいさんのラブコール 作詞:石浜恒夫 作曲:大野正雄 昭和33年2. 公園の手品師 作詞:宮川哲夫 作曲:吉田正 昭和33年3. 有楽町で逢いましょう 作詞 :佐伯孝夫 作曲 :吉田 正 昭和32年 フランク永井〜経歴から一部 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』歌手にあこがれ上京。進駐軍のキャンプ地でのトレーラー運転手、アルバイト生活を経て、アメリカ軍のクラブ歌手として月100ドルで契約する。さまざまな「のど自慢大会」に出場し、「のど自慢荒らし」の異名をとっていたが、1955年(昭和30年)に日本テレビの『素人のど自慢』の年間ベストワンに選ばれたのを機に、ビクターと契約。同年9月に『恋人よ我に帰れ』でデビューする。ジャズを得意としたがヒットに恵まれず、先輩歌手であるディック・ミネの勧めや、作曲家・吉田正との出会いを期に歌謡曲に転向した。1957年(昭和32年)の有楽町そごう(2000年に閉店)キャンペーンソング『有楽町で逢いましょう』が爆発的ヒットとなり、一躍スターの座へ。自ら見出した松尾和子と共に歌った1959年(昭和34年)の『東京ナイト・クラブ』は、デュエットソングの定番として2000年代においても歌い継がれている名曲である。http://ja.wikipedia.org/wiki/フランク永井「古川ロッパ」の表示と「古川緑波」の表示の違いは何でしょうか?ご存知の方は、メールください!
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/10月のリクエスト祭じゃぁ〜!!〜1部〜 1. ダイナマイトあさの〜プレゼント / 船頭可愛いや 唄:音丸 2. 南京虫さんからのリクエスト / 隣組 唄:徳山環3. クララさんからのリクエスト / 並木の雨 唄:ミス・コロムビア 〜2部〜 1. タックルベリーさんからの先週のリクエスト / 私の猛獣狩り 唄:笠置シズ子2. いろはにほへ子さんからのリクエスト / 赤と黒のブルース 唄:鶴田浩二3. オロロンさんからのリクエスト / 雨に咲く花 唄:関種子 〜3部〜 1. デリドライバーさんからのリクエスト / イヨマンテの夜 唄:伊藤久男・コロムビア合唱団 2. リクエストありがとうプレゼント〜唐獅子牡丹(サウンドトラック) 唄:高倉健 *************************ダイナマイトあさのよりリクエスト有り難うございました。ライシュウモガンバリマスック
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/〜1部〜 おおお〜!これかぁ〜のコーナー1. 茄子とかぼちゃ 唄:日本ビクターリズムジョーカース 補作詞:小野金次郎 編曲:友野俊一・灰田晴彦 S12年2月 2. 東京ジルバ 唄:旭輝子 作詞:門田ゆたか 作曲:佐野鋤 S23年7月3. 山のロザリア 唄:スリーグレイセス 作詞:丘灯至夫 作曲:ロシア民謡 〜2部〜 リクエストありがとうのコーナー1. クララさんからのリクエスト / 無情の夢 唄:児玉好雄 S12年 2. 南京虫さんからのリクエスト / ヨイトマケの唄 唄:丸山明宏 S41年3. タックルベリーさんからのリクエストのお返し / アイレ可愛や 唄:笠置シヅ子 〜3部〜 今週の特集〜!「僕は特急の機関士」からの 特集 S261. 東海道の巻 唄:森繁久彌・丹下キヨ子・三木鶏郎 (コロムビアレコード) 2. 東海道、九州めぐりの巻 唄:轟夕起子、波岡惣一郎、服部富子 (ビクターレコード)僕は特急の機関士で出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』僕は特急の機関士で(ぼくはとっきゅうのきかんしで)は、1951年(昭和26年)5月に発売された流行歌(冗談音楽、コミックソング)。作詞・作曲は三木鶏郎。古い楽譜やレコードなどでは『僕は特急の機関手で』(ぼくはとっきゅうのきかんしゅで)という表記も見られる。概要NHK「日曜娯楽版」で1950年(昭和25年)10月から放送開始。冗談鉄道唱歌として、まず東京−大阪間を歌ったところ、評判がよく、山陽、常磐、東北、信越、中央、北陸、関西、紀伊、山陰、四国、九州、鹿児島山陽、北海道、と全国に及んだ。翌年5月には、コロムビアレコード、ビクターレコードが各種レコードを出している。全ての歌詞を並べると148番にもなり、ぶっ通しで歌っても50分以上かかる。http://ja.wikipedia.org/wiki/僕は特急の機関士で*************************ダイナマイトあさのより*タックルベリーさんへ〜来週は「私の猛獣狩り」笠置シヅ子 いきますよ〜。 *クララさんへ〜クララさんの2008年終わりましたがカリスマ放送まだまだで〜す。 おつき合いください!。 *南京虫さんへ〜リクエスト有り難うございます。ヨイトマケの唄 全部かけましたよ!次回もよろしくで〜す。
「カリスマ歌謡ショウ」ならダイナマイトあさのラジオカロスサッポロFM78.1Mhz(札幌市限定でないかも)毎酒酔曜日(毎週水曜日)21:00〜21:57011-622-5201(24時間ふぁx)asano_trading006_co@yahoo.co.jphttp://www.radiokaros.com/ 〜1部〜 気分がいいから 選んだんだよ!のコーナー〜1. ミシシッピの恋唄 唄:暁テル子 作詞:井田誠一 作曲:松井八郎 S25年10月6日録音 2. 雪の渡り鳥 唄:徳山l 作詞:塚本篤夫 作曲:町田嘉章 S6年10月3. 氷に躍る 唄:辻輝子 作詞:サトウハチロー 作曲:紙恭輔 〜2部〜 リクエストありがとうのコーナー(聞いてる人いたんだね泣)1. テケテケまっちゃんさんからのリクエスト / 学制時代 唄:ペギー葉山 S30年7月2. オロロンさんからのリクエスト / ガード下の靴みがき 唄:宮城まり子3. クララさんからのリクエスト / 白い花の咲く頃 唄:岡本敦郎・コロムビア女声合唱団4. 南京虫さんからのリクエスト / イヨマンテの夜 唄:伊藤久男・コロムビア合唱団 〜3部〜 特集は特殊のコーナー 「映画の主題歌・挿入歌(戦時歌謡)」 特集 1.朝日映画「フクちゃんの潜水艦」より フクちゃん部隊出撃の歌 唄:酒井弘 作詞:米山忠雄 作曲:服部逸郎 2.「桃太郎 海の神兵」より アイウエオの歌 唄:昭南市マレー児童 作者不詳 3. 東宝映画「決戦の大空へ」より 若鷲の歌 唄:霧島昇 波平暁男 戦時歌謡出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』戦時歌謡(せんじかよう)とは、一般には日中戦争(当時の政府は「支那事変」と呼んだ)が勃発する1937年から終戦の1945年までに作成された歌曲のうち、国民の戦意高揚や、国の軍事政策を宣伝するために制作されたものを呼ぶことが多い。その為、一般には軍歌と呼ばれ、戦前においても軍歌と呼ばれることが多々あった。(狭義の軍歌については、軍歌の項目を参照のこと。)1940年ころからは、「流行歌」に対する軍部の介入が厳しくなり、恋愛などがテーマになった曲はほとんど作られなくなり、制作される曲のほとんどは「戦時歌謡」になった。しかし、このことばは一般の国語辞典や百科事典には掲載されておらず、「戦時歌謡集」などといったCDのタイトルに多く用いられ、娯楽色の強い歌と区別するために用いられることも多い。テーマは上記の政治目的のほか、徴兵による家族や恋人との別れ、望郷、日本が進出(侵略)した地域をテーマにした歌などもある。軍歌タイプ、流行歌タイプのほか、「お山の杉の子」、「めんこい仔馬」、「船頭さん」などのように、子ども向きに作られたものもあるhttp://ja.wikipedia.org/wiki/戦時歌謡