| 第73回1999.9.29掲載 配慮の問題 | ||
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さて、つぶやき最終回である。昨年4月からスタートして1年半。この間にインターネットをめぐる状況はずいぶん変わった。 例えば去年の今頃は「連絡調整メール」などと題し、顔を合わせるもの同士によるメール利用の利便性を書いたが、今やメール利用は日常的になり、むしろその環境にない人への配慮が問題となってきた。 これはホームページ(HP)に関しても同様だろう。自治体をはじめ社会性ある団体の場合、すでにHPを持たないことのほうが珍しい。そしてまだ単に印刷物の抜粋転記でしかないものが目立つ一方、ウェブのみによる発信情報も格段に増えてきている。 こちらでもそろそろ、インターネット環境を得られない人への配慮を問題にすべき時期なのだろう。 (以後、footgumy's Homepageで随時掲載予定) |
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| 第72回1999.9.22掲載 過渡期 | ||
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日常的にメールを活用するようになると、その環境にない人への対応も考えざるを得なくなる。ネット内での活動なら考えなくてすむんだが、最近はそれに限らず活用するケースが増えているからね。 そんな場合、FAXを代用にせざるを得ない。で、FAXもない人にはどうするか。手渡しが次に思いつく。顔を合わせられる範囲での活動に限れば、郵送まではちょっと考えづらい。手間と料金と時間的なことで、郵送は一番負担が大きいってことだろうな。 たいていの場合メールが使えるから始めた手法のはずだから、そこまで手間をかけたくもない。そう考える一方、情報入手の不平等さを前提にするのもまずいと思う。「過渡期」という言葉がつい頭に浮かぶ。 ふとがみがありのままにつぶやいてきたこのコーナーも次回が最終回。長らくのご愛読に感謝します。 |
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| 第71回1999.9.8掲載 同報メール | ||
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あえて禁じ手としていた同報メールを、最近使わずにいられない。禁じ手にしたのは、知らない人のアドレスがたくさん参照できてしまうそんなメールが届くたび、営業活動でもしていたら濫用しかねない気になったからだ。もちろんしないけど。 もちろんいまやどこかの掲示板を閲覧すればアドレスはあふれており、実際に濫用する人はそんなにいないことも分かっている。しかしだからって歯止めがなくていいわけではないはず。せめて送信されたもの同士が無用にアドレスを知らずにすむ、BCCの積極的な利用でかわすべきなんだろうと思う。 だが、誰が情報を受け取ったかお互いに知ってほしい場合もある。最近の利用はそういうケースばかりだ。そんなときどういう送り方が一番いいのか。相手が納得してくれる形で送りたいと思う。文面は一律の同報メールでも、配慮の余地はいろいろあるんだよね。 |
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| 第70回1999.9.1掲載 かな打ちの壁 | ||
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自分のじゃないパソコンを使う機会が増えると、いろいろ困ったことに出くわす。とにかく環境の違いがいかに多様かってことに気付く。 Mac・Winは当然の違いとして、同じOSで同じソフトを使用する好条件でも、設定の違いが別れ道になったりする。さらにキイボード仕様やキイ割当設定の違いなど、かなり時間が経って気付き、大慌てすることもある。 ついでにいうと「かな打ち」は、このキイの違いにやたら無防備だ。「ローマ字打ち」の人のマシンでかな打ちしようとすると、どうしてか何らかの設定の違いで持ち主にも分からないことが出てきたりする。世は圧倒的にローマ字打ちの天下なのだ。 マルチに活動するにはローマ字打ちをマスターしなきゃだめってことだろうね。ただ、打ち方を変えると考え方まで変わってしまう気がするんだよねー。 |
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