第44回1999.2.24掲載       更新途絶
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 最近どうも更新の途絶えたサイトが気になる。というより、心配になってしまうんだよね。
 ホームページ(HP)って、時間的な余裕が少しでもあれば思い立ったときに更新できるわけ。まあ数カ月更新しない程度なら、「最近忙しいんだろうなあ」と思うだけですむ。
 でも頻繁に更新してたところが、突然のように1年も2年もそのままだったりすると、個人サイトの場合なんかは、知らない人にもかかわらず「何かあったのか」などといらぬ心配までしてしまうわけだ。
 生きてる徴(しるし)。そんな感じもHPにはあると思う。作っただけで終わりってなところも見受けられるけど、あまり更新してない行政サイトなんか、逆に「死んでる」ように見えちゃいますから、これは要注意ですよ、各担当者さんたち。

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第43回1999.2.17掲載       継続のエネルギー
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 インターネット上の情報発信は、双方向性をあらかじめ期待することができる。それだけに反応が少ないと精神的に消耗することもある。
 しかし元々あまり反応が期待できない他の媒体のことを考えれば、過度な期待をするのがおかしいと言えばおかしい。誰だって興味あるものすべてに反応なんかしていられない。価値があると思ってもウェブマスターに感謝を表明するには二の足も踏もう。
 でもね、ボランティア精神の情報発信者たちには、ときにそんなメールや掲示板への書き込みが、続けるエネルギーになったりするもんなんだよね。
 だから感心したサイトのウェブマスターには、遠慮なくメールや発言を贈りましょう。返事は来ないかもしれない。でもいいじゃないですか。サイトの成長や継続できっとそれに応えてくれるから。

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第42回1999.2.10掲載       ウェブの失うもの
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 ホームページ(HP)運営は、たったひとりでもできる。もしも印刷物で同じことをしようとしたらそりゃ大変だ。
 書いて編集するまでは同じ(でもないが)としても、印刷して製本してさらに配布まで考えると、ひとりですべてをするのは不可能だ。どうしたって喫茶店に置かせてもらったり、知り合いに配ってもらったりが不可欠。
 ところがHPでは、この一番人とのかかわりの深い「配布」作業がまったく消える。せいぜいurlを知らせることくらい。メールで教えたり検索サイトに登録したり、いずれも個人でかなりのことができる。
 だからこそひとりでいろんな発信ができるのだが、それで失ったものはないのか。肯定して使っていきたいからこそ、その継続的検証も忘れてはならないと思う。

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第41回1999.2.3掲載       発信の覚悟1
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 インターネットで情報発信をするということは、誰がそれを見ているか判らない以上、なんらかの覚悟が必要だ。ここんところが難しい。
 どんな覚悟か。やっぱり襟を正すってことだろう。責任を持つ。なんの。情報によってはあいまいなものもあるだろう。変化するものもあるだろう。それらにどう対処するか。
 もちろん「対処なんかしないよ」という態度のサイトもあり得る。それはそれで一貫していればそういうものとして見ることもできる。
 要はスタンスの継続ということだろう。
 だけどね、特に個人サイトはほとんどがボランティア精神の情報発信だ。
 ひたすらな正義感からか、批判ばかりしまくる人たちもいるけど、それは何かをつぶすだけの破壊行為でしかないと思う。

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